「待つ」と「放置」は何が違うのか― 排泄育児で親が迷いやすい境界線 ―

トイトレのマンツーマン相談などで、私はよく「少し様子を見ましょう」とお伝えすることがあります。
しかし、この「待ち時間」にソワソワしてしまった経験はありませんか?

トイトレ中は「待つことが大事」と耳にタコができるほど聞きますよね。
でも、いざ実行してみると「いつまで待てばいいの?」
「声をかけないことが、放置になっていないかな?」と、迷路に入り込んでしまうことがあります。

今月のコラムでは、「待つ」と「放置」の決定的な違いを整理して、
親としての「様子を見るスタンス」を再確認していきましょう。


目次

「待つ」と「放置」の境界線とは

「待つ」と「放置」。
「何もしない」という外見上の行動は、一見すると全く同じに見えるかもしれません。
しかし、親の内側にある「エネルギーの向き」に注目してみると、
そこには明確な違いがあります。

「待つ(見守る)」場合は、たとえ具体的な行動は起こしていなくても、
親のアンテナはしっかり子どもに向いています。静かに観察し、注目している状態です。

一方で「放置」は、意識が別のところ(スマホや家事など)に完全に逸れてしまっている状態を指します。

‐‐以前、このようなことがありました。
一生懸命ケアをしていても、便秘がなかなか改善しないお子さんがいました。
後退はしていないけれど、前進もしていない「膠着状態」ですね。
私は少し時間が必要だと判断し、「様子を見ましょう」とお伝えしました。

ところが、次に面談した時、なんと便秘の状況が悪化していたのです。
お母さんに詳しくお話を聞くと、「様子を見る=何もしなくていい」と解釈し、
これまでのケアもすべて手を放してしまっていたんです。

私が意図した「様子を見る」とは、
「今のケアを続けながら、変化の兆しを見逃さないようにしましょう」という意味でした。
そういう風にお伝えしたつもりではいたのですが、
そのお母さんには「放置していい(免罪符)」として伝わってしまったのです。

しかし、ケアを止めたことで「やはり今までのアプローチは現状維持に必要だったのだ」という答え合わせはできましたので、
結果オーライではあったのですが(笑)
お子さんの状態が悪化したのは事実です。
このように、意識のアンテナまで完全に手放してしまうことが「放置」の大きな特徴だと思っていただけると、境界線は引きやすいかなと思います。

「待つ」の正体は「観察」と「準備」

「待つ」とは、決して止めることではありません。
むしろ親の心は、水面下で激しく動いている状態であると思います。

「今、あの子は尿意を感じているかな?」
「我慢して遊びに集中しているぞ」

子どもの内側の動きを想像し、心の定点観測をすることが「待つ」の本質です。
また、「待つ」には「準備」がセットで必要です。
何かをしてあげるのではなく、例えば

・漏らしてもすぐ拭ける準備
・漏らした時の着替えの配置
・親の心の余裕を作るためのイメトレ
etc…

これらがあるからこそ、「手を出さずに待つ」ことができるのです。

「声かけしない=正解」という罠

「待つ=一言も発してはいけない」という極端なルールに縛られないで欲しいです。
特にお母さんが疲れている時や、
トイトレの仕上げ期で精神的に余裕がない時、「待ちましょう」という言葉は、
何もしなくていいという「免罪符」のように聞こえてしまうことがあります。

しかし、どんな時でも「観察」と「準備」、そして子どもに意識を向けるエネルギーだけは手放さないようにしましょう。

「指示」ではなく「共有」

声をかける際は、「指示」ではなく「共有」を意識してみてください。

「トイレ(おまる)でしよう」は指示になりがちですが、
「お腹、ムズムズしてないかな?」という問いかけは、感覚の共有になりえます。
これは子どもの自立を助ける大切なサポートです。

「ながら見守り」で無言の圧力を手放す

とはいえ、ずっと子どもを凝視していると、それは「無言の圧力」となりかねないので、
ある種、子どもにプレッシャーを与えてしまいます。

コツは、親がリラックスして「ながら見守り」をすることです。
家事をしながらでも、心の一部を子どもに割いておく。
何かあればすぐに「お、気づいたね」と反応できる距離感を保つ。
ずっと見張る必要はありません。「あなたのことを見てるよ」という空気感を出すことが、
子どもとの伴走に繋がります。

親の立ち位置は「伴走者」

「待つ」とは、子どもが自分の力で歩くのを、隣で支えながら歩幅を合わせることです。
放置は、コース外でスマホを見ながら座り込んでいる状態です。

でも、もし「今の放置だったかも?」と思ったら、
次の瞬間に「見てるよ!」というサインを送れば大丈夫です!

様子を見ましょうということが、=「声かけしないことが正解」と思ってしまうことは、
それだけあなたが真剣に子どもに向き合っている証拠ですから、
まずはどうか「放置してしまった自分」を責めないでください。
忙しい日常で、意識が逸れる瞬間は誰にでもあるものです。

大切なのは、気づいた時にまた「待つ(見守る)」へ戻ること。
今日からまた、「待つ」と「放置」の境界線を探りながら、やっていきましょう♪

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