【安心があるから自立できる ~排泄育児から見える親子の土台~】

「トイトレはいつから始めたらいいですか?」
布おむつの啓蒙活動をしていると、この質問を本当によくいただきます。

多くの人が、トイトレを“排泄の自立訓練”だと思っています。

つまり
・何歳で始めるか
・どうやったら成功するか
・いつ外れるか
そんな「方法」や「タイミング」の話になりがちです。

でも、既にkuccaユーザの方は承知の事かと思いますが、
改めていいますと、私は長く排泄育児を見てきて、少し違うことを感じています。

トイトレは、排泄を教える時間ではなく、親子の土台が見える時間なのではないか、と。

子どもの自立には、実は順番があります。
それは
【安心 → 挑戦 → 自立】という順番です。
この順番は、実はとてもシンプルで、当たり前のことです。

でも、現代の子育てでは、この順番がひっくり返ってしまうことが少なくありません。
「早く自立してほしい」
「もうそろそろできるはず」
「みんなできている」
そんな大人の事情の中で、安心はそっちのけ、挑戦は待たず、
ただただ、自立だけを先に求めてしまうことがあるのです。
けれど、本来の子どもの成長は、そんなふうには進みません。

目次

子どもは、安心の中でしか挑戦できない

赤ちゃんは、生まれてすぐから親との関係の中で生きています。

・泣けば抱っこしてもらえる
・不快(おっぱい、ねんね、おしっこ)なら気づいてもらえる
・おむつが汚れたら替えてもらえる

大人にとっては、当たり前の赤ちゃんのお世話に過ぎないかもしれません。
でも、そんな小さなやり取りを何度も重ねながら、

「自分は守られている」
「この人は助けてくれる」
という安心を身体で覚えていきます。この安心は、単なる甘えではありません。

むしろ、《挑戦するためのエネルギー》です。

子どもは、安心できる場所や人があるからこそ、
そこから離れて新しいことを試そうとします。
逆に、安心が揺らぐと、子どもは挑戦よりも「守ること」を選びます。

これは排泄でも同じです。
おむつからトイレ(おまる)での排泄への移行は、子どもにとって「挑戦」
大人にとっては当たり前の排泄ですが、子どもにとっては大きな変化です。

身体の中の感覚に気づき、それを伝え、おむつ以外の場所で排泄する。
これは、思っている以上に高度なことです。

だからこそ、その挑戦の前提には、失敗しても大丈夫
という安心が必要になります。

怒られるかもしれない
がっかりされるかもしれない
そんな空気を感じると、子どもは挑戦をやめます。

でも、
「大丈夫だよ」
「またやってみよう」
そんな関係の中では、子どもは自然と前に進みます。

我が家の実例

私の次男はなぜかトイレという空間で排泄することが怖かったようで、
結構長らくトイレでは排泄できませんでした。
おまるを洗面所に持って行くとできたり、お風呂場でそのまましてみたり。

私もそこには、「トイレでできればな~」という気持ちが一切なかったわけじゃないです。
でも、ガッカリな感情はなるべく捨てて、「いいぜいいぜ!お風呂だっていいんだぜ!」
という気持ちで向き合っておりました。
4~5か月くらいはそんな状態だった気がします。

ある日、次男が突然、トイレに走りました!
私はなにか遊びに行くものだと思っていましたので、なんだろな~とついていくと、
自分で補助便座も置いて、踏み台を使ってちゃんとトイレで排泄してました。

びっくりです。
この期間は、特別なトレーニングをしたわけではありません。
ただ、失敗しても大丈夫、というかそもそもお風呂は失敗ではない。
という雰囲気を醸していただけ。
待っていただけ。

きっとこの状況こそが、本人の安心につながったのではないかと思うのです。
子どもは、安心の中で、自分から挑戦を始めます。

布おむつは「方法」ではない

ここでひとつ誤解してほしくないことがあります。
それは、布おむつをやればいいという話ではない、ということです。
布おむつは、あくまで道具です。

ただ、この道具には一つ特徴があります。
それは、子どもの身体の変化に気づきやすくしてくれるということです。

濡れた
出た
出そう
不快

そうしたサインに、親が自然と目を向けるようになります。

そのやり取りの中で、子どもは
「自分の身体は大事にされている」
という感覚を持つようになります。

排泄は、人間のとてもプライベートな行為です。
その部分を信頼できる大人に受け止めてもらえる経験は、
子どもにとって大きな安心になります。

布おむつはただのツールと言いましたが、じゃあ紙おむつは?
これは嗜好品だと思います。
使いすぎるといいことはありません。

ゼロにする必要はありませんが、
かといって、それだけに頼る必要もない。
そんな距離感がいいのではないかと思っています。

布おむつをすればいいってわけじゃないと言いますが、
かといって紙おむつがいいとも言ってませんので、そこは、、、

「園で外れました」はゴールなのか

よく聞く言葉があります。
「保育園でトイトレしてくれて、ラッキーでした!」

もちろん、先生方の努力には本当に頭が下がります。
でも私は時々、少しだけ考えてしまいます。

排泄の自立で重要なことは、おむつが外れることだけなのでしょうか。

排泄の自立とは、本来
・身体の感覚に気づく
・自分で調整する
・失敗しても大丈夫だと知る
そんな経験の積み重ねです。

そしてそれは、親子の関係の中で育つ時間でもあります。

だから私は、「園で外れたからラッキー」という話ではないと思っています。
トイトレは、親子で過ごす小さな成長の時間でもあるのです。

▶自立は、関係の上に育つ

子どもが自立するとき、それは
「親がいらなくなる」ということではありません。

むしろ逆です。
安心して頼れる人がいるからこそ、子どもは外の世界に踏み出すことができます。
排泄育児の中で、私たちがしていることは、トイレを教えることだけではありません。

子どもに「あなたは大丈夫」というメッセージを送り続けることです。

その積み重ねが、やがて「自分でできる」という力になります。

トイトレのゴールは、おむつが外れる日ではありません。
その過程の中で、安心して挑戦できる関係を親子で育てていくこと。

排泄という、とても日常的な営みの中に、
実は人が自立していく土台が隠れているのかもしれません。

だから私は、排泄育児を大事にしています。
ここに子育てのはじまりのすべてが詰まっていると思っているから。

今日も今日とて、kuccaのコースで一緒に排泄育児を愉しんでいきましょう!!

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